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そんなに怒んないで [考える。]

*こどもの前でキレるっていやだよね。

仕事柄、数多くの親子と会う訳ですが
時々、自分のこどもの見ている前で怒り狂う親御さんっているんです。
こどもを叱る、という状況もあるんだけど、
たとえば病院で看護師や医師に怒鳴りまくる親。
レストランなんかで、お店の人やレジの人なんかに、ワーワー叫ぶ親。

こんなときって、
私がそのこどもだったら、
もう、いたたまれないだろうな、と思うんです。
親にしてみれば、こどものために怒鳴る、という場面もあるから
こどもの事を思えばこそ、みたいな感じだったりするんだろうけども
そういう親御さんの横で
所在なげに、泣きそうになりながらたち尽くすこどもをみていると
ああもう、この子辛いんだろうなと思う。

私の親は、本当に普通の人たちで
賢い親でも何でもないし、あとから思うとなんだかなーということもあったり
親もこどもと一緒に成長、ってな感じだったんだろうと思う。
でも、こういう状況は私にはなかったな。

「待たされる」ということですぐにきれる人、いるでしょう?
病院なんかもう、その最たるものだったりする。
お待たせしないように努力はするけれども、
慢性人手不足の中で、いつもいつも来たらすぐ診察、なんていうのは無理。
具合の悪い人や、状況が許さない人が先に回る事もよくある。
まして夜間救急なんかは、
もう、2時間待ち、3時間待ちは普通なんですよ、この季節。

苦情を言われても、どうにもならないんで
こちらもへこむ事もなくなって来たけれども、
そうやって怒鳴る親の横で、その顔色を見ながらじっと耐えている幼児とか
しくしく泣き出す女の子とか、
いや、辛いよね。
お店なんかでもいるじゃないですか?よく怒ってる人。
女なら、こんな男とは二度とご飯は食べない、といってお店を出て行く事もできるけど
こどもは親を選べないからね。

こんな仕事していると、なんか、切ないなあと思ったりします。ほんと。
タグ:仕事のこと
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いたらない自分 [考える。]

*友人の元気がないとき、自分はどうしたらいいんだろうね。

20年以上つきあっている友人がいる。
大学時代からなんで、まあ、長いですよ。
もちろん、大学時代の友人はたくさんいるけど、
彼女のように、いまでも、連絡してごはん食べてよく話して、
みたいになると、そうは多くない。
人間の大きい、頭のいい人だ。とても好きな人なのだ。

私たちの年代になると、
女同士でも、まあ、ベタベタしてつきあうということもないんで
付かず離れずでそれなりにやってきた間柄なのだが
私の方がかなり助けてもらっていることが多くて、
なにかあったらこの人にすべてを託せるという点では、貴重な友人かもしれない。
多くの人は、配偶者とか兄弟なんかにそういうことを頼んだりするんだろうけど
ウチの配偶者は、
私になんかあったら、おそらくしまってあるモノのありかもわからないし、
そういう状況(私に何かあるという状況)に弱い人なので、
いざとなると全く当てにならんだろうなとも思う。
私には弟がいるんだけど、
この人はこれまた、マイペースというか、
いいヤツなんだけど勝手にやってる人なんで、何かを頼める感じじゃないのよ。
私の車ぐらいは引き取ってくれるかもしれないけどなあ、
せいぜい、そのぐらい。

で、前置きが長くなりましたが、
そのくらい、私のなかでかなり大事な友人なのだが、
最近いろいろあって、彼女、本当に元気がない。
もうすこし一緒にいて、いろいろ話をしたいんだけど
ご存知の通り、いまんとこ、私ものすごく忙しくって
ふと気がつくと、何もできていない自分。
いや、忙しい忙しいって、自分で言いすぎてるのもよくわかってるんだけど
実際には、ほんと、余裕がないんですよ。
(あー、仕事やめたい)

いつも、私がダメなときには面倒見てくれる人なんで、
こんなときこそお役に立ちたいと切に思うのだが
(あちらはあてにしていないかもしれないが)気になるばかりで、
ほんと、何もできていないのです。
何かしてあげなくてはいけないという焦りばかりで、心配だけしていて、
結局彼女をフォローしていない。
温泉にでもいって、女2人でのんびりしたいなあと、
なんとか、時間を捻出するべく、頑張って画策中です。
ものすごく元気がないときって、
人はどんなふうにしてもらいたいんだろうなあ.......
私なら、ぱーっと酒のンで騒いじゃう....かな?
彼女、そういうタイプじゃないしねえ。



タグ:友人関係
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いかん、このままじゃ [考える。]

*辛いよ。

最近、親に虐待されて、亡くなってしまったお子さんのことが報道されていた。
この話を聞いて、酷いなあと思う人がほとんどだと思う(そう信じたい)。
その子の生活が、どんなに過酷だったかを考えると、気が遠くなる。
こんな話を聞くたびに、気持ちが塞いでしまって、
数日とてもいやな気持ちになる。

仕事のことをなるべく書かないようにしているのだけど
この仕事をしていると、こういう話に時々遭遇する。
具体的にはかきにくいのだけど、
自分たちの職場に「へんだな」と思う子供が来ることもあったりする。

日本には「児童虐待の防止等に関する法律」
というのがあって、簡単にいうと、
虐待のサインを見逃してはいけないし
もしも見つけたらすぐにしかるべきところに報告する、
報告されたところは、
速やかに児童の保護をしなくてはいけない、
などなど、
細かい決まりごとがあります。

日本はとても遅れた国なので「親権」とやらが邪魔してですね、
子供と親を引き離すことはなかなか難しい。
西洋なら、子供をスーパーで迷子にしただけで、親は事情を聞かれるし
顔にあざでもあろうものなら、下手すると逮捕だし
いくら親が「しつけのためだ」と主張したって、
そんなことが通るはずもない。
それが、たくさんの苦い経験のある社会が出した解決策だ。
一番大事なことは
「子供が傷ついたり、悲しい思いをしたり、ましてや死んでしまったり」
することは、絶対的にあってはならないことで、
周囲の大人には、親と同じぐらいの責任がある。

学校や幼稚園、病院など、子供が来る場所で働いている人は
ちょっとでもおかしいと思ったら、必ず通報しなくてはいけない。
近所の人や親戚など、一般の方でも
「あれ、おかしいな」と思ったら
何らかの形で、行政に連絡していただきたい。
でも、虐待している側から恨まれたり、
そのせいでいやな思いをしないようにしないといけないし、
通報者の名前などが保護されなくちゃいけないという点では、
だいぶ気を使う。

病院にそのような子どもが来たときには、
そのまま家に帰してしまって、
次に来たときには冷たくなっているなどということがあってはならないから
理由をつけて入院させたりする。
そして、児童相談所とか警察に「通告」するという流れまで
なんとかもっていく。
虐待している親に、察知されて子どもを連れて行かれては困るから
配慮も必要で、けっこう気を使う。

実は、そこからがもっと大変なのだ。
行政は、親とのトラブルを避けるためなのか、
まず、子供を安全なところに保護したり、
親と引き離すなどの処置を講じることを、なかなかやってくれない。

もし、虐待じゃなかったら、
そのせいで訴訟になったりトラブルになったりすることを極端におそれるあまり
なかなか動こうとしてくれないのだ。
それで、今回の様なことになってしまうんじゃないかとおもう。
もしも、百歩譲って虐待じゃないとして
(親はしつけのつもりでやってたり、ただの事故だったり、ということも
ない訳じゃない、実際はその方がずっと少ないんだけれども)
それでも、少しでも可能性があったら、
あとで、間違っていました、でもいいから、
保護しなくちゃいけないというのが、原則なんだということが
全く分かっていない。

今回報道されていたお子さんも、
(もしも報道が正しければ)
この子が亡くなる前に、保護するチャンスはいくらでもあったと思う。
それなのに、それができなかった。
結果として、この子は亡くなってしまった。

この責任、誰がとるんだろう?
親が悪いのは自明だが、
悪い親だった、かわいそうな子だった、などということで
終わってしまってはいけない。
それを助けるチャンスがありながら見逃してしまった、
知ってて何もできなかった大人は、
本当に罪が重いうことを、感じなくてはいけない。
心から、怒りを感じる。
行政や警察の腰の重さを知っているものとしては、
「子ども手当」なんて下らんことを言う前に
もっとやることが沢山あるだろうと、いいたいです。

こういう報道の裏にはもちろん、事情はあると思います。
でも、いくつかかかわった経験からいえば、
行政側の逃げ腰の態度にいつも翻弄される側からいえば、
やっぱりなあと思ってしまう。
十分あり得る話なのだと、残念ながら感じてしまう。

何があってでも、この子を家から連れ出して欲しかった、
本当に、本当にかわいそうで、
大人としてすまない気持ちでいっぱいです。
タグ:児童虐待
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微妙な問題 [考える。]

*仕事のことなんですけど。

自分が社長、とか、自営業を営んでいる方なんかだと
雇っている人をどうやって使うかというのは大きな問題だと思います。
私は自分の業界しか知らないからそういう場面でしかかけないんだけど
例えば開業医なんかは、
一緒に働くナースや事務系の人とのつきあい方はかなり大変らしい。
私みたいに総合病院で働いているとすると
なにか問題のある人やミスの多い人は、
いろいろな形で修正したり、時には配置換えみたいなことがおこる。
その人の上司なんかにそっと言ってみるとかね。
これはどんな職種でもそうで、医師でもナースでも、事務系でもおんなじです。
でも、小さなクリニックなんかだと、
問題のある人をどうやって教育するかは頭が痛い、だろうなあ。
簡単に「やめてください」とも言えないらしいし。

仲良しの先輩女医さんなんかは、
婦人科なのでナースも事務スタッフもみんな女性。
その状況はむっちゃつらいだろうとおもう。
職場が男性中心の社会だったからそういうのに慣れてるしね。
(今は女医さんも増えてだいぶ状況はかわりました)
技術的に問題があるとかだったら、
よっぽど困ったチャンでなければ教えることで解決できるわけだけど、
人柄みたいなものは、あわなければ、なかなか矯正できるものでもないし。
受付嬢が愛想が悪いなんていうのは
クリニックにとっては致命的です。

友人で、
彼女の上司がダメダメ、で悩んでいる人がいる。
具体的には書きにくいのだけど、
要するに技術的に問題があるってことのようだ。
人はだんだん年を取るし、どんなに優れた人でも能力は落ちてくる。
一緒に仕事をしていて、フォローできるレベルならまだよいのだけど
すべての面倒をみられる訳でもないしね。
せめて患者を回さないくらいがせいぜい。
同僚や後輩なら、指摘して修正していくことが出来るわけだけど
上司とか先輩だと、それはとっても難しいことだ。
自分の立場がわるくなるということじゃない。
能力が落ちてしまっていますよ、って
年上の人に指摘することほど難しいものはないよね。

意見が違うとか、方針が違うとかのレベルなら
それは会議なんかで話題にしてそれなりの譲歩も折り合いも付けられる。
診断が間違うようになっているとか、
手術が下手になって来てるとか、
年を取れば誰にでもおこることなんだけど、
患者さんから見たら大変なことですよね。あってはならない。

結局はそれよりもっと上に働きかけて行く方法しかない。
でも、しんどいよね。
だって「私の上司は年を取って能力が落ちています」って
言いに行かなくちゃならない。
正当な判断や、評価をしてもらえるところに持って行って
客観的に見てもらわないといけない。

おつとめしている方とか、教育界とか、
そういうところでも同じ問題があると思うんだけど
みんなどうやって解決してるんだろう。
友人はとても悩んでいて、ホント、大変みたい。
引き際みたいなことって、かなり大事なことかもしれないね。
いつか自分にもそういうときがくるんだろうし。
タグ:仕事のこと
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冬の日に。 [考える。]

*寂しいよ。

ここ数年、知り合いの方が大きな病気をしたり
亡くなったりすることが時々ある。
まあ、人生も半分過ぎたわけだから
自分より年上の方には、そういうこともあるとは思う。
人間に唯一平等に訪れることは、生と死なわけですから
自分だっていつか順番が回ってくる。
同級生だってぽつぽつだけど訃報が届くようになった。

昨年暮れに、
私が若いときに、とてもとても可愛がってくださっていた方が亡くなった。
闘病されていたのは知っていたし、
会いに行けば間違いなく会ってくださったとは思うのだけど
結局最後までお見舞いに行けなかった。
元気ではつらつとしてかっこよかったその人を知っている自分としては
会うのが怖かったというのもあるし、
ものすごく親しい家族や友人という立場でもなかったので
こちらが一目会いたいという気持ちがあるからという理由だけで
会いに行く気持ちにはなれず。
いや、私としてはとてもお会いしたかったが、
彼の前で普通でいられないかもしれない自分も想像できて、
だったら会わないほうがいいかなと思ったりして。
病気で戦っている人の前で、泣くわけにも行かないでしょう。
患者の前では出来るけれども
友人ともなれば、むずかしいかもしれない。

お通夜に夫と二人ででかけた。
祭壇の遺影は、なんとなくかしこまった古い写真だったけど、
入り口に、手術中(外科医だったので)の写真が飾ってあって
それがとても、胸に来るものだった。
頼りになる外科医だったし、
そして何より、人望が厚くて誰にでも愛される、カッコいい人だった。
私たちも沢山助けて貰いました。
困ったときに無理をお願いしても、嫌な顔されたことはありません。
おそらくそこに参列した多くの人たちも、
自分が彼に貰ったものを思い返していたと思う。
私も駆け出しから本当に可愛がって貰いました。
悲しくて悲しくてとても寂しかった。

もう一人、いま闘病されている方がいて、
その人にもとてもお世話になったことを思い返してる。
会いたいと強く思うのだけど、
お会いしてお礼も言いたいのだけど、
それは自分がそうしたいだけで、
あちらはいま必死で病気と闘っておられる所だと思うので、なかなか難しい。
前にもかいたけど、お見舞いは、実はとてもとても難しいよね。
どうか元気になられることをお祈りして。
また一緒に飲みたいです。

時は移ろうもので、
いつか誰もが皆、死を迎えるし、
いつまでも皆が同じではいられないのもよく分かる。
でも、出来たらもう少しみんなで元気でいて、
バカ話や懐かしい話をしたいじゃない?
自分だっていつ、闘病生活にはいるか分からないし、
生きていくってそういうことだ。
それを気にして今を楽しめないのもおかしいのだけど、
......毎日を大事にしたいという気持ちに繋がっていく。

どうか、みんな元気で。
私も元気でいるからね。
タグ:つれづれ
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